こんにちは、桃生ににこです。ゴールデンウィークも明けて、5月も2週目に突入しました。
GW中、小学生になった長男が「かけっこ教室」に参加しました。早く走れるようになるようにレッスンしてくれる教室です。
その教室には入学式の前の学童の時点で「めちゃくちゃ足の速い子がいた!」と長男が感嘆していた「足はやひろくん(仮)」も参加していました。
特訓の最後に3人1組で、レースをします。長男は、足はやひろくん、他校のひろくんよりも足が速いかもしれない子と一緒の回でした。その様子を旦那が動画で撮影していて、私は家で確認しました。
長男は一番右側。走るのは直線。長男は足はやひろくんの様子がかなり気になっていたのでしょう。走り始めたその瞬間から視線は常にひろくんとその横の子を捉えていました。結果、長男はひろくんよりも左側でゴールするほど斜めに走り、結果は僅差で3位でした。
ゴールを目指して走っている時、周りの様子が気になって周りのことを見てしまうと、自分が進むべき道を逸れてしまう。人生でよくあることです。私も幾度となく体験してきました。
恋人が欲しい時、周りに溢れる恋愛テクや体験談に気を取られ、自分らしい振る舞いができなくなってしまうって、恋人ができない、できても自分にマッチする人ではない。
周りと自分の年収の差が気になって、仕事を楽しむことを忘れ、上司の評価が気になったり、売り上げを重視しすぎて、つまらない仕事をしてしまう。
順位は走り終わった後で、ゴールした後で決まる。
走っている最中には絶対に知ることはできない。そして、周りを見てしまうとコースを外れる。
順位はゴールしないとわからない。人生におけるゴール=死ぬ時。結婚、出産、付き合うスタート、復縁、就職、一見、ゴールのように見えるところは人生の節目で通過点にすぎない。そこでのリードは意味をなさないことが多い。死んだ後に何位だったかわかっても、もしそれが1位だったとしても、生きている時には感じられないから喜びは実感できない。
じゃあ、何で走るの?って楽しいから走る。風感じる。力強く動く筋肉を感じる。大地の固さを感じる。上昇する体温を感じる。それらを気持ちいい、と思う。走ること自体の快感のために走る。
順位はどうせわからないから…ってなったら、走るのが嫌いな人も楽しく走れる。そんなこともあるかもしれない。
2008年から続いた冥王星山羊座の時代で、結果至上主義が強まった。過程は意味はない。結果を出せ。結果に繋がらない無駄なことはやめろ。今年の3月23日から冥王星水瓶座時代の試運転が始まって、個人レベルでもこの結果至上主義に折り合いをつける時が来てると感じています。
3位という結果に落ち込んで、かけっこ教室にはもう行かない、と言っていた長男も、自分の動画を見て、人と比べず楽しく走ることを心に決め、最終的には「次のかけっこ教室にも行く」と言っていました。(ボランティアの教室なので数ヶ月後ですが)
結果を気にしない、過程を楽しむって想像以上に難しいけれど、まずはこの部分でだけ…と少しずつチャレンジしていきたいですね。